カテゴリー "Encourage / ススメ"

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匂いと味と場所と記憶

2013年10月22日

IMG_0237もう十何年ぶりでしょうか、先日とあるきっかけで学生時代によく通っていた定食屋さんに訪れる機会がありました。そこは地元の商店街にある定食屋さんなのですが、昔ながらの支那そばとカツ丼が売りで、学生時代はことあるごとにそのセットを食べに通った記憶があります。また賑やかなご夫婦が印象的なお店という憶えがあったのですが、先日訪れた時も当時と変らず賑やかにそのご夫婦が働いていらっしゃいましたね。店に入ってから朧げだった記憶がだんだんと鮮明になり(店構えも当時のまま!)、当然のように学生時代に食べていたセットを注文し(メニューも当時のままでした!!)、待っている間は賑やかなご夫婦の会話に耳を傾けながら本を読むという、十数年ぶりだというのに自然と同じ行動をしている自分に気付いてなんだかおかしかったですね(笑)。そして支那そばとカツ丼が来て食べ始めると、その匂いと味にまた記憶が鮮明になってきて、本当に一瞬ですがその当時に戻った感覚に陥りました。思い出すのとは違う、本当にその時間にいるとい言いますか。匂いと味と場所が揃うと記憶の中で過去に戻れるという、こんなタイムスリップもあるのかとその日は一日中不思議な気持ちでしたね。またそんな場所に行ってみようかと思いました。

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表現のススメ

2012年08月5日

『意識の有無に関わらず、全てのものは何かしらの表現をしている。』

こういう言葉を聞いたときに、「ああ、なるほど」と思った記憶があります。そこにあるだけで、その存在自体が何かしらの表現になっている。そこから先は受け取る側がどう受け取るか。野菜を見て「美味しく食べてください」と感じれば、それはもうそういう表現を野菜がしていると。なんだか小難しくもありますが。

話すこと、それに用いる言葉=表現

私たちが日常的によく使う表現といえば『話す』ことでしょうか。これははっきりと意識された表現でしょう。泣いたり笑ったりという表現も交えながら、自分の意志や考えを相手に出来るだけ正確に伝えようとしますね。『言葉』と言い換えても良いかも知れません。相手だけでなく自分に対しても、『言葉』は伝えるための表現手段としてごく日常的に使われています。何かを伝えるための表現手段として、言葉以上に正確なものは今のところ無いような気がします。

言葉以外の表現方法を獲得するということ

私の場合は「音楽」ですが、言葉で伝える以外の表現手段を持てていることに幸せを感じることがあります。先週のRainbowの記事の文末にも「新たな表現との出会い」と書きましたが、自分がそれと出会えた時、そして伝わったと感じた時の興奮は今も忘れません。ダンスにしても音楽にしても言葉以外の表現手段は、言葉ほど正確さはなくとも、時にそれ以上のものを相手や自分に伝える事がありますね。そして、それは言葉ほど正確ではないからこそなのかも知れません。

また一つ、そういった『新たな表現』を手に入れてみるのも面白いのではないでしょうか?

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不器用のススメ

2012年07月2日

不器用と器用

「自分、不器用ですから」

どこかで一度は耳にしたことのあると思います。高倉健さんの有名な台詞ですね。朴訥な健さんのキャラクターと相まって、不器用なことの格好良さみたいなものをどこか感じてしまいます。言葉として「不器用」より「器用」な方が、当たり前のように良いはずなのですが、この台詞に感じる魅力は何なのでしょうか?何でも器用にこなしてしまう、そんな人の方がスマートで格好良いはずなのに。

ジャンゴ・ラインハルトという人物

私の好きなギタリストにジャンゴ・ラインハルトという人がいます。この人はキャラバンに乗って移動しながら生活する、いわゆるジプシー(ロマ族)出身のギタリストです。ある時、そのキャラバンが火事にあってしまい、彼は左手に大変な火傷を負ってしまったそうです。演奏家として思うように演奏出来ないというハンデを抱えてしまったのですが、後にスウィング・ジャズとロマ音楽を融合させた「ジプシー・スウィング」というものを生み出しました。今、残っている音源からも、独特の素晴らしい演奏を聴くことができます。

不器用さの魅力とは

そんな彼ですが、果たして器用だったのでしょうか?ある意味ではそういった見方もできるでしょうが、やはり私は不器用さの方が強く感じます。ギターを弾く事を無しに生きていくことは出来なかったように思うのです。「好きだから」という理由だけでもなく、「これしか出来ないからやっている」という気概をどこか感じます。そう思うと古今東西、その作品や事歴が残っている人達は、皆そうだったように思えてきます。ゴッホしかり、ベートーベンしかり。またそういう気概が、時代を超えて人を惹きつけていくものになってゆくのかなと。決して丸くはない。歪なものに映るかもしれない。「自分、不器用ですから」「自分これしか出来ませんから」そんな心の声が聞こえてきそうな気がします。

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