カテゴリー "Culture / 文化"

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笑いと音楽と夏

2012年09月10日

偶然の出会い

数年前、友人たちと涼みがてら近所の公園でビールを呑んでいた時に(これもこの季節特有の楽しみの一つですね)、そこをたまたま通りかかった外国人の方たちと意気投合して、そのまま一緒に呑んだことがありました。5〜6人くらいいたでしょうか、何かの本の翻訳をしている方や、その年のサマーソニックで来日していたバンドのベーシストや、様々だった記憶があります。日もとうに暮れていた時間だったので、彼らはどこかで既に呑んできたらしく陽気でした。そのベーシストを除いては。。。

笑いと音楽

片言の英語と日本語でなんとなくコミュニケーションをとっていたのですが、不意に彼らの一人が僕の着ていたTシャツを指して「ソコニナニカイテルカワカリマスカ〜?」と言いだしました。訳の分からない英単語が書かれていたので「no」と答えたのですが、他の皆も注目しだしたところで、その彼が「ココハトテモヨクナイ!」と言った瞬間に一同大爆笑でした。意味が分からず呆気にとられながらも、彼らの笑いにつられていつの間にか僕も笑ってましたね。笑い合いながら「ああ、なんだかこの感じは音楽に似てるな」と思いました。訳は分からないけれど楽しいと思う時間を共有するというか。感覚が色んなものを飛び越えさせて繋がるというか。そんなことを思いながらふとベーシストの方に目をやると全く笑っていない。。どこか遠くを見ているような。「あれっ?ここ笑って楽しまないんだ…」そんな風に思いながら、いや逆にそうだからこそ音楽をやっているのか、いやいや…。

個人的に笑えるような状況ではなかっただけなのか、今ではその理由を知る由もありません。ただ知らずのうちに難しいことを考えさせられたあの夏。とびきり印象に残っているのはそのベーシストの彼ですね。その後も来日してるのかは分かりませんが、この夏もきっとどこかで音を楽しんでいるのだと思っています。

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日出ずる国の生まれ

2012年06月10日

東の端にある島国

あれはいつ頃だったか。ヨーロッパが中心の世界地図を初めて見た時、妙な違和感を感じたことを憶えています。我が国はこんな世界の端の方にあるのかと。例えば、もし僕がヨーロッパのどこかに生まれていれば、東の端にある島国にどこか神秘的な魅力を感じてしまったかもしれません。そこに住む人たち、そして文化にも。実際に外から見てどう思うかは、この国に生まれ育った僕には分かりませんが、一つだけ確かなことは年を経るにつれ年々、この国を味わい深く感じるようになっていることでしょう。この味わい深さはどこからくるのか?最近はそんなことを考えてみたりもします。

日本といえば富士山

数年前に富士山に登る機会があったのですが、なんでしょうね…あの山の上から見る景色というのは。「日本といえば富士山」というような想いで登った訳ではなく、どちらかというとあまり気乗りはしていなかったのですが、あの眼前に広がる雄大な景色を見た時に、大袈裟ではなく本当にしばらく呆気にとられていました。山の間に広がる霧、遠くに見える夕日、まるで雲の上に居るような神秘的な錯覚を憶えたのをありありと思い出します。こんな美しい景色のある国に住んでいたのかと。そして、それと同時に何百年と変わっていないであろうこの景色を見て、その当時の人達も同じ様なことを思ったのだろうかと。そう思った瞬間になぜか自分の住むこの日本という国をとても体で感じた気がしました。

過去、そして今という景色

一度そう思ってしまうと、幼い頃は退屈でしかなかった名所や観光地も、今では味わい深さがこみ上げてきます(笑)。そこにある時の流れ、そしてその先端の今という場所に自分が立てているということ。良いことも悪いことも感じながら、過去もそして現在もまた見直してみれば、もっとこの日本という国を好きになるような気がしています。

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路地裏の物語

2012年05月20日


先日通っていた仕事場(劇場)の近くにある路地裏を撮ってみました。まさしく昔ながらといった感じの路地裏でしたが、白黒写真にするとさらにそんな雰囲気がしますね。もう日も暮れて、様々なお店の看板に明かりが灯っているのがとても奇麗でした。なんだか路地裏ってわくわくしてしまいます。この先はどこに繋がっているのだろうか、はたまた行き止まりなのだろうか。そして今日も様々な人が、ここで憂さを晴らしたり、笑ったり、泣いたりしているのかと。つい色々なドラマを想像してしまいますね。

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伝えたいことはなんですか?

2012年05月13日

先日、街中にある無人のATMでお金をおろしていたところ、ふいに後ろから

???:『Excuse me

という言葉が聞こえ、振り向いてみると、観光に来たであろうアジア系の老夫婦が立っていました。振り向いてしまった手前、「どうしたの?」みたいな顔で近付いてみると(この辺りですでに英単語が出てこない自分に気付いてましたが)、どうやら自分たちの持っているお金を円に両替したいんだけど、「ここって出来るの?」みたいなことを言っているような気がする。日本語は全く喋れない様子。

斎藤:『Money change ?

こんな言葉しか出てこないのか…と、自分にがっかりしながら一応聞いてみるとYesと返答されたので、すごく残念そうな顔をしながらNoって言ってみました。Oh…とか言いながら残念そうにしている彼らを見て「伝わった!」と思ったのですが、多分こんなに喋れない人間がしゃしゃり出てくると思わなかったのでしょう、彼らはその後もどんどん話しかけてくる。「この辺りに両替出来る所はないのか」みたいなことを言っている気がする。もう既にいっぱいいっぱいでしたね。たまたま近くにあるのを知っていたので、確認もせず勢いで、

斎藤:『Come on !

って言ってました。一緒に歩いてる間も、今がどういう状況で、なぜ私たちは両替したいのかという理由を言っていた気がするのですが、さっぱりわからず。Uh-huhとか適当に相槌をうっていると、ふとこの時間はもう両替やってないんじゃないか?というのを思い出し、これだけはなんとか伝えねばと必死に腕時計を指しながら、

斎藤:『Maybe close

伝われ!残念そうな顔をしたので伝わったと思い、そのままたどり着くと、案の定閉まってました。彼らも途方に暮れたようで、しばらく考えて「この辺りにホテルはあるか?」と。もう思わず「あっちかこっちの駅を越えたところにあるよ」と完全な日本語で答えていました。不思議そうな顔、伝わってないと思っているとふいに

老夫婦:『What’s name?

斎藤:『Yuki saito

老夫婦:『No ! No !

ああ、ホテルの名前ね。とりあえずその場でホテルの名前を告げて別れました。お互いに疲れた顔をしてましたよ。こんなにも骨が折れることなのかと。そして、伝わらないのはこんなにももどかしいことなのかと、改めて考えさせられた夜でした。

 

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